理念が現場の行動に変わる会社、飾りで終わる会社

1982年の秋、米国シカゴ近郊で、市販の鎮痛剤「タイレノール」のカプセルに何者かが毒物を混入し、服用した7人が亡くなるという事件が起きました。

製造元のジョンソン・エンド・ジョンソンは、全米の店頭から約3,100万本を回収します。費用はおよそ1億ドル。毒物が混入されたのは同社の工場ではなく、商品が店に並んだあとだったとみられています。それでも会社は、自社の看板商品をすべて引き揚げる道を選びました。

当時のトップは後に、この判断の拠りどころは、社内に40年近く受け継がれてきた一枚の文書だったと語っています。「我が信条(Our Credo)」と呼ばれるその文書には、会社が責任を負う相手が順番つきで書かれていました。第一に顧客。次に社員、地域社会。そして株主は最後です。

なぜ、その文書は最も苦しい場面で本当に使えたのか。答えは、この記事の最後に置いておきます。

ひるがえって、身近な会社を見てみます。応接室に、立派な額に入った経営理念が掲げられている。しかし社員の方に「御社の理念は?」と伺うと、答えが返ってこない。

珍しいことではありません。そして、これは社員の意識が低いという話ではないと考えています。理念が、日々の判断に使われる形になっていない——それだけのことです。

理念は、判断基準になってはじめて機能する

私はパナソニック(旧・松下電器産業)に30年以上在籍し、創業者・松下幸之助の経営思想に触れる機会も多くありました。そこで学んだのは、理念とは唱えるだけのものではなく、迷ったときに立ち返る座標軸だということです。

実際の仕事は、判断の連続です。この案件を受けるか。この不具合を出荷前に止めるか、納期を優先するか。この人を昇格させるか。教科書に答えはありません。そのとき何を基準に決めるのか。それを与えるのが理念の役割です。

逆に言えば、判断に使えない言葉は、どれだけ美しくても理念としては働きません。

飾りで終わる3つの理由

1. 抽象的すぎて、判断に使えない

「お客様第一」「品質本位」「社会への貢献」。どれも間違ってはいません。しかし、これだけでは判断できません。

納期に間に合わせるために、社内基準をわずかに外れた品を出荷してよいか。お客様第一だから納期を守るのか、品質本位だから止めるのか。抽象語のままでは、どちらにも解釈できてしまいます。

機能する理念には、たいてい優先順位が含まれています。何と何がぶつかったとき、どちらを取るのか。そこまで書かれて、はじめて現場が使えるようになります。

2. 制度とつながっていない

理念で「挑戦」を掲げているのに、評価制度は減点方式。失敗した人の評価が下がる仕組みになっている。この状態で「挑戦しよう」と言っても、誰も動きません。

社員は、言葉ではなく制度を見て行動を決めます。何が評価され、誰が登用され、どんな行動が咎められるか。ここに矛盾があると、理念は建前として処理されます。

逆に、理念に沿った行動をした人がきちんと認められる場面が一度でもあれば、言葉は一気に現実味を帯びます。

3. 経営者自身の判断が、理念とずれる瞬間がある

そして、これが最も大きい理由です。

社員は、経営者の言葉ではなく判断を見ています。特に、苦しいときの判断を見ています。業績が厳しいときに、掲げてきたものを守れるか。ここでずれると、「結局そんなものか」という認識が組織に定着します。

これは経営者にとって、かなり厳しい要求です。だからこそ、理念は「守れる範囲」で言葉にすることが大切だと考えています。実態から遠く離れた立派な言葉より、地味でも守り抜ける言葉のほうが、はるかに強い。

行動に変わっている会社の共通点

理念が機能している会社には、いくつか共通した風景があります。

ひとつは、具体的なエピソードで語られていることです。「昔、こういうことがあってね」という話が、社内に残っている。過去にどう判断したかという実例が、言葉より雄弁に基準を伝えます。理念が抽象語のまま浮いている会社には、この物語が無いことが多いです。

もうひとつは、階段がつながっていることです。理念があり、それを受けた方針があり、方針に沿った制度があり、制度が現場の行動を形づくっている。どこかが抜けていると、上と下がつながりません。

多くの会社で抜けているのは、真ん中の2段です。理念はある。現場も一生懸命動いている。しかしその間をつなぐ方針と制度が空白になっている。だから、理念と現場が別々のものとして存在してしまう。

事例:松下幸之助と松下電器産業

この2つの風景を、日本で最も徹底して形にした経営者の一人が、松下電器産業(現パナソニック)の創業者・松下幸之助です。私自身が長く身を置いた会社でもあり、その考え方は冒頭のJ&Jと重なります。

まず、言葉にしたことで、経営が変わった。松下電器産業は1929年に「綱領」と「信条」を定め、1932年には、事業を通じて物資を水道の水のように豊富で安価に届けるという「産業人の使命」を社員に向けて宣言しました。幸之助はこの年を「命知元年」と呼んでいます。後に著書『実践経営哲学』の冒頭で、経営でいちばん根本になるのは正しい経営理念であり、それを明確にしてから自分の経営は力強くなった、という趣旨を繰り返し述べています。

次に、苦しいときの判断で、言葉を本物にした。綱領を定めたその年の暮れ、世界恐慌のあおりで売上が急減し、倉庫は在庫であふれました。人員を半分に減らすべきだという進言に対し、幸之助は「一人も解雇しない」と決めます。生産は半減して工場は半日勤務、ただし給料は全額支給。そのかわり全員で在庫を売り歩き、およそ2か月で在庫を一掃したと伝えられています。業績が厳しいときに、掲げたものを守れるか。先に挙げた3つ目の理由に、真正面から答えた判断です。

そして、日々使い込む仕組みをつくった。綱領・信条に続いて、産業報国・公明正大・和親一致など、社員が守るべき「七精神」を定め、朝会・夕会で唱和する習慣を根づかせました。1933年に導入した事業部制は、自主責任経営という考え方を組織の形にしたものです。理念、方針、制度、現場の行動という階段を、一段ずつつないでいったと言えます。恐慌期の決断も、社内で繰り返し語られる「昔、こういうことがあってね」という物語になりました。

なお、フレックスタイム制やリモート勤務が広がった今、朝会・夕会の場で声をそろえて唱和する職場は少なくなりました。それでも、「それは綱領に照らしてどうか」「七精神に恥じないか」という問いは、日々の判断のなかで脈々と生きています。唱和の形が変わっても、判断の物差しとしての理念は失われていないのです。

会社としても、原点を磨き直す取り組みを続けています。パナソニックグループは2022年4月、自主責任経営の徹底を目的に「事業会社制」へ移行しました。その移行を踏まえて、綱領・信条・七精神を柱とする「経営基本方針」を約60年ぶりに大きく改訂し(2021年10月1日付)、会社の内外に改めて発信し直しています。同社はこれを、基本的な考え方と行動の指針を「再び浸透させるための改訂」と位置づけています。綱領・信条・七精神そのものは、一字も変わっていません。綱領はいまも「産業人たるの本分に徹し 社会生活の改善と向上を図り 世界文化の進展に寄与せんことを期す」です。変えたのは、その言葉に込められた意味を今の社員に届く言葉で語り直し、日々どう実践するかをより具体的に示した部分です。

この改訂で、ひときわ重みをもって掲げられた言葉があります。「物心一如(ぶっしんいちにょ)」です。

1932年の水道哲学が目指したのは、暮らしに必要な物資を、水道の水のように世の中の隅々まで行き渡らせることでした。物が足りなかった時代に、物によって人々の暮らしを便利に、豊かにする。それが当時の使命でした。

しかし、物があふれる今、豊かさは物だけでは測れません。物心一如は、その先へ進むという宣言です。物の豊かさと心の豊かさが一つに溶け合う「理想の社会」を目指す。幸之助自身も、人の幸福は物心両面の豊かさがそろってはじめて安定すると説いていました。水道哲学を捨てたのではありません。およそ90年前の志を、今の時代の言葉で結び直したのです。

理念の言葉は変えずに、その意味を今の言葉で語り直す。組織の大きな転換点で、あらためて原点に立ち返る。世代を越えて理念を受け継ぐとは、こういうことだと考えています。

並べてみると、J&Jと松下電器産業の共通点が浮かんできます。判断の拠りどころになる言葉があること。苦しいときにこそ、その言葉どおりに決めたこと。日頃から使い込み、物語として語り継いだこと。そして、その言葉が創業者の世代を越えて受け継がれていること。これは規模の大小にかかわらず、中小企業でもそのまま使える原則だと考えています。

世代交代の場面で、理念は試される

事業承継のご相談では、株式や税務の話が中心になりがちです。しかし、実際に承継がうまくいくかどうかを分けるのは、会社の判断基準が引き継がれているかだと感じています。

先代が長年やってきた判断には、必ず一貫した何かがあります。それは明文化されていないことが多い。しかし社員はそれを知っていて、それに従って動いています。

その基準が言葉になっていないまま代が変わると、後継者は「なぜ先代はこう決めていたのか」が分からないまま判断することになります。そして社員は「先代なら、こうはしなかった」と感じる。この摩擦が、承継の現場では最も厄介です。

だから、承継を考え始めた会社にこそ、理念の言語化をおすすめしています。まずは、すでにやってきたことを言葉にする作業です。

一方で、承継は理念そのものを見つめ直す絶好の機会でもあります。先代の時代とは、市場も、取引先も、働く人の価値観も変わっています。掲げてきた言葉が今の事業にそぐわなくなっていたり、誰も口にしない飾りになっていたりするなら、そのまま引き継ぐことが、かえって理念を弱めてしまいます。

大切なのは、「受け継ぐもの」と「考え直すもの」を分けることです。創業の志や、苦しいときに貫いてきた判断の軸は、しっかり受け継ぐ。そのうえで、時代に合わなくなった部分や形だけになっている部分は、後継者自身の言葉で新たに描き直す。先に紹介したパナソニックが、事業会社制への移行という転換点で原点を語り直したように、世代の交代は会社の軸を次の時代に合わせて磨き直す節目になります。

社員が「新しい社長になっても、大事なところは変わっていない」と感じ、同時に「この会社はこれから、ここへ向かうのだ」と納得できる。先代から受け継いだ言葉と、後継者が自ら語れる言葉がそろったとき、承継ははじめて組織のものになります。

言葉にする、ということ

理念づくりというと、合宿をして、ワークショップをして、洗練された一文を作る——そんなイメージがあるかもしれません。それも一つの方法ですが、必須ではありません。

創業のとき、何を思って始めたのか。これまで、どんな仕事を断ってきたのか。どんな社員を評価してきたのか。この3つを話していただくと、たいていその会社の軸が見えてきます。すでに存在しているものを、拾い上げて言葉にする。それだけで十分に機能します。

会社の軸が定まっていると、判断が速くなります。断る勇気も出ます。人も、その軸に共感して集まってくる。理念は、精神論ではなく、経営を動かす実務的な道具だと考えています。

冒頭のタイレノール事件に戻ります。ジョンソン・エンド・ジョンソンの経営陣は、あの日はじめて信条を読み返したわけではありませんでした。事件の数年前から、幹部が集まって信条の一文一文が今も通用するかを問い直す場を重ねていたといいます。日頃から判断の道具として使い込んでいたからこそ、最も苦しい場面で迷わず手に取れたのです。

しかもその信条には、顧客・社員・地域・株主という優先順位が書かれていました。そして、創業家の世代が書いた言葉が、40年近く経っても後の経営者の判断を支えていた。本記事で挙げた「判断に使える具体性」「苦しいときの判断」「世代を越えて引き継がれる基準」が、すべてこの一件に詰まっています。回収で大きな損失を出したタイレノールが、その後ほどなく市場での信頼を取り戻したことは、よく知られるとおりです。

海の向こうのJ&Jと、大阪の松下電器産業。時代も国も違う2社が、同じことを教えてくれます。理念は掲げるものではなく、使い込むものだということです。

御社の理念は、額の中にあるでしょうか。それとも、明日の判断のなかにあるでしょうか。


参考文献

  • 松下幸之助『実践経営哲学』PHP研究所(PHP文庫)
    「まず経営理念を確立すること」から始まる、幸之助の経営観の集大成です。理念がなぜ経営の根本なのか、それが判断や組織をどう変えるのかを、自らの体験をもとに語っています。理念づくりを考える経営者に、最初に手に取っていただきたい一冊です。
  • 松下幸之助『経営心得帖』PHP研究所(PHP文庫)
    経営の心構えを、短い項目ごとに平易な言葉でまとめた一冊です。どこから読んでも完結しているので、日々の判断に迷ったときに開く「手元の座標軸」として使えます。理念を日常の行動に落とし込むヒントが詰まっています。
  • ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス『ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則』山岡洋一 訳、日経BP
    長く繁栄を続ける企業に共通するのは、利益を超えた「基本理念」を守り抜いてきたことだと、豊富な調査で示した名著です。本記事で紹介したJ&Jの「我が信条」も取り上げられています。理念が業績と無関係な精神論ではないことを、データで確かめられます。
  • ジョンソン・エンド・ジョンソン「我が信条(Our Credo)」
    冒頭で紹介した信条の全文です。責任を負う相手とその順番が、判断に使える具体性で書かれています。自社の理念を見直す際の良い手本になります。
  • パナソニック ホールディングス「パナソニックグループの経営基本方針」
    綱領・信条・七精神と、2021年の改訂で示された「物心一如」の考え方を読むことができます。創業時の言葉を守りながら、その意味を現代の言葉で語り直した実例として参考になります。
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