開発トラブルの8割は「決めていないこと」から起きる
腕の良い大工ほど、鋸を引くまでが長いといいます。木を眺め、癖を読み、墨壺の糸を弾いて線を引く。傍から見れば、何も作っていない時間です。
しかし、その線が一本引かれてしまえば、あとは迷いなく切るだけ。段取り八分、仕事二分という言葉は、そういう順序のことを指しているのだと思います。
開発が遅れる。手戻りが出る。量産直前になって問題が噴き出す。
こうした事態が起きたとき、原因は技術的な難しさにあると考えられがちです。しかし、私が設計開発から量産立上げまでを担当してきた実感では、トラブルの多くは技術力の不足ではなく、「決めていないこと」から生じています。
遅れの正体は、たいてい「判断待ち」
開発スケジュールが遅れている現場で、実際に何が起きているかを時間で分解すると、意外な構図が見えます。手を動かしている時間より、誰かの判断を待っている時間のほうが長いのです。
仕様が確定しないので設計に入れない。材料の選定が決まらないので試作が組めない。顧客の回答待ちで止まっている。こうした待ち時間は、日報にも工数にも表れにくく、「なんとなく遅れている」という形でしか認識されません。
待ちきれずに、決まったところから着手する
そして、ここからが本題です。
仕様は決まらない。しかし納期は動きません。手が空いている技術者を遊ばせておくわけにもいかない。そこで、こういう判断になります。「決まっているところから、先に着手しよう」。
きわめて合理的に見えます。実際、着手すれば進捗率は上がりますし、会議での報告も前向きになる。誰も間違ったことはしていません。
問題は、そのあとに起きます。
後から仕様が確定したとき、先に作った部分が前提ごと食い違っていることが分かる。要求機能がひとつ増えただけで、レイアウトが成立しなくなる。想定していた寸法では、部品が収まらない。「想定外の手戻り」と呼ばれるものの多くは、この構図です。
しかも、やっかいなことに一度作ったものは、簡単には捨てられません。工数をかけた設計、切ってしまった金型、動いてしまった試作。もったいない、間に合わない、という力が働き、本来なら作り直すべきところを、無理な辻褄合わせで通してしまう。そこで品質が落ちます。
結果として、こうなります。
すべて決まってから一気に着手したほうが、手戻りは少なく、総工数も小さく、品質も安定する。
直感には反します。何もしていない期間があると、遅れているように見えるからです。しかし現場を何度も見てくると、この経験則は繰り返し確認できます。冒頭の大工と同じで、墨を打つ前に鋸を入れれば、木は無駄になるのです。
ただし「待つ」ことと「止まる」ことは違う
とはいえ、「決まらないから何もしない」も正しくありません。それでは、ただ納期が迫るだけです。
決定を待っている間にやるべきことは、はっきりしています。着手先を、モノづくりから段取りに振り替えることです。
- 決めるために足りない情報を洗い出し、集めにいく
- 想定される仕様の幅を出し、どちらに転んでも成立する構造を検討する
- なぜ決まらないのか、決められない人は誰かを特定する
- 過去の類似案件で、どこが手戻りになったかを調べておく
これらは進捗率には表れませんが、まぎれもなく仕事です。そして、この時間を確保できた案件ほど、着手後の速度が違います。
「後で決めましょう」は、高くつく
会議で結論が出ないとき、「これは後で決めましょう」という着地はよくあります。その場は収まります。しかしこの一言が、後で何倍にもなって返ってきます。
変更の影響は、工程が進むほど大きくなるからです。企画段階で仕様を変えるコストがほぼゼロだとすれば、設計段階では図面の修正、試作段階では金型や治具の修正、量産直前では設備・工程・検査基準・取引先への展開まで波及します。
私が経験した中でも、量産立上げの直前に顧客との仕様の解釈違いが判明したケースがありました。技術的には小さな差でしたが、影響は工程全体に及びました。そして原因をたどると、企画段階で「そこは後で詰める」と言って先送りにした項目でした。
決まっていない4つの典型
1. 誰が決めるのかが決まっていない
「関係者で相談して」は、決定者がいないのと同じです。全員が「誰かが決めるだろう」と思っている状態が、最も長く止まります。項目ごとに決定者を1人決めてください。合議で決めるにしても、最終的に判を押す人を明示することです。
2. 何をもって「決まり」とするかが決まっていない
会議で口頭合意した。しかし議事録に残っていない。あるいは残っていても、参加していなかった部門が知らない。数か月後、「そんな話は聞いていない」が始まります。記録に残り、関係者に届いて、初めて「決まった」と扱う。この基準を共有するだけで、トラブルはかなり減ります。
3. いつまでに決めるかが決まっていない
「検討中」には期限がありません。検討を始めた時点で、期限を設定しましょう。情報が足りなくて決められないなら、「何が分かれば決められるか」を決めるのが次の一手です。これも立派な決定です。
4. 決めたことを変えるルールが決まっていない
開発中に変更が発生するのは良くあることです。問題は、変更が正規の手順を通らずに流れることです。営業が顧客と直接合意してしまう、設計者が良かれと思って独断で直す。悪意はなくても、他部門が知らないまま進むと、必ずどこかで齟齬が生じます。
変更の窓口を一本化し、影響範囲を確認してから流す。この仕組みがない現場は、変更が多いほど混乱します。
「全部凍結」は、現実的ではない
仕様凍結(FIX)という言葉がありますが、開発初期にすべてを固めるのは不可能です。現実的なのは、項目を2つに仕分けることです。
- 早期に凍結すべき項目:外形寸法、取付インターフェース、主要材料、安全規格の適合方針など。後から変えると全体に波及するもの
- 後で決めてよい項目:表面処理の色、梱包仕様、副資材など。変更しても影響が局所にとどまるもの
この仕分けを最初にやっておくと、「後で決めましょう」が危険な発言なのか、許容できる発言なのかを、その場で判断できるようになります。
デザインレビューを「決める場」にする
多くの会社でDR(デザインレビュー)は報告会になっています。設計者が説明し、参加者が聞き、時間が来て終わる。これでは開催する意味が薄くなります。
DRを機能させるには、開催前に「今日決めること」を書いて配布しておく。これだけで場の性質が変わります。参加者は事前に考えてきますし、時間内に決着させようという力が働きます。決まらなかった項目は、決定者と期限を明記して閉じる。
1枚の「決定事項一覧」から始められます
特別な仕組みは要りません。エクセル1枚に、次の列を作るだけです。
項目 / 決定内容 / 決定者 / 決定日 / 変更可否
これを開発の最初に作り、埋まっていない行を毎週見る。空欄が多い週は、開発が止まっている週です。数字を追うより、空欄を追うほうが、遅れの予兆をずっと早く捉えられます。
中小企業の強みと、注意点
大企業では、部門をまたぐ調整が数週間かかることも珍しくありません。その点、中小企業は設計・製造・品質・営業の距離が近く、その場で決められるという圧倒的な利点があります。
ただし、ひとつ注意があります。「社長が全部決める」体制は、判断は速くても、社長の時間がボトルネックになります。事業が伸びるほど、この制約は効いてきます。決めるべき項目の一部を、あらかじめ現場に委ねておく。そのための線引きを決めることも、経営者にしかできない意思決定のひとつです。
墨付けに時間をかける大工が、遅い大工だと思われることはありません。線が正しければ、そのあとの仕事は速く、狂いがないからです。手が止まって見える時間こそが、仕上がりを決めている。
段取り八分、仕事二分。開発の遅れに悩む現場ほど、この八分を飛ばして、二分のところで走り回っているように見えます。
まずは、線を引くこと。急がば回れ、という言葉が、案外と近道なのかもしれません。

