実効性のあるBCPは、作った日ではなく「開いた回数」で決まる
押し入れの奥に、防災リュックがあります。買ったときは、少し安心しました。しかし、最後に開けたのはいつだったでしょうか。中の乾電池は液漏れしているかもしれません。食品や飲料水の消費期限が切れているかもしれません。そもそも、それがどこに置いてあるのか、忘れられているのではないでしょうか。
備えたつもり、というものがあります。
会社の事業継続計画(BCP)も、同じ道をたどりやすいものです。帝国データバンクが2026年6月に公表した調査によれば、企業のBCP策定率は21.4%。前年から1.0ポイント増え、過去最高を更新しました。ただし規模別に見ると、大企業39.9%に対し、中小企業は18.3%。20ポイント以上の開きがあります。
この調査では、「BCPの必要性は感じているが、目先の業務に忙殺されている」。このような声が紹介されています。同社もこれを、意識の問題ではなく構造的な課題だと分析しています。人も時間も限られた中で、いつ来るか分からないもののために資源を割く。それは、思うほど簡単なことではありません。
そして、作った会社にも課題は残る
そして、策定率21.4%という数字は、あくまで「作ったかどうか」です。「いざというときに使えるか」で数えれば、割合はさらに下がるはずです。分厚いファイルが棚に立っているが、中身を読んだ社員はいない。担当者はすでに退職している。連絡先一覧の電話番号が、作成時のまま更新されていない——。防災リュックと同じような構造になりがちです。
ではどこで差がつくのか。実効性のあるBCPには、共通する特徴があります。
実効性を分ける、4つの点
1. 想定を、欲張らない
地震、水害、火災、感染症、サイバー攻撃。すべてに備えようとすると、計画は総花的になり、使いにくいものになります。
自社の立地と事業から見て、現実的に起こりうるものを1つか2つに絞る。ハザードマップを開いて、自社が浸水想定区域にあるかどうかを確認する。それだけでも、想定は具体的になります。
2. 「誰が」「何分以内に」まで書く
「速やかに安否確認を行う」では、いざというときに誰も動けません。「発災後30分以内に、総務の◯◯が、専用アプリで全員に一斉送信する。◯◯が不在の場合は△△が代行する」まで書いて、初めて手順になります。
役職名ではなく実名で書くこと。そして必ず代理者を決めておくこと。災害は、担当者が出社している時間に起きるとは限りません。
3. 自社の外まで、目を向ける
自社の工場が無事でも、部材が届かなければ生産ラインは止まります。逆に、自社が止まれば、取引先のラインも止まります。
主要な仕入先について、その仕入先はどこにあるのか、代替の調達先を1社でも押さえてあるか。そして納入先に対して、復旧の見通しを誰がいつ連絡するか。ここが決まっていると、実際の混乱時に信用を失わずに済みます。
4. 資金が何日もつかを、数字で持つ
ここが抜けているBCPは、非常に多いです。設備が壊れても、建物が傾いても、資金があれば会社は続きます。逆に、資金が尽きれば、そこで終わってしまいます。
売上がゼロになったとして、手元資金で何か月もつのか。復旧にいくら必要か。関東経済産業局が「リスクファイナンス判断シート」という無料ツールを公開しており、簡易的に試算できます。
計画を生かすのは、訓練です
そして、ここが最も大事な点です。BCPは、作った瞬間から古びていきます。人は入れ替わり、取引先は変わり、設備も変わる。もしかしたら事業内容も変わっているかもしれません。だから、定期的に開いて見直す仕組みが必要です。
大がかりな訓練は必要ありません。会議室で紙とペンでやる「机上訓練」で十分です。「金曜の夕方に震度6弱。さて、まず誰が何をする?」と問いを立てて、1時間話し合う。それだけで、計画の穴がいくつも見つかります。
手ぶらで始めにくければ、公的な道具があります。北海道経済産業局が「BCP訓練企画シート」(安否確認・初動対応・事業継続の3種類)を、中小企業基盤整備機構がカードゲーム形式の見直し教材を、それぞれ提供しています。いずれも無料です。
「事業継続力強化計画」という入口
ゼロから本格的なBCPを作るのが重いなら、国の認定制度から入る方法があります。
事業継続力強化計画(通称ジギョケイ)は、2019年に創設された、経済産業大臣による認定制度です。中小企業庁自身が「中小企業のための取り組みやすいBCP」と位置づけており、様式もコンパクトです。認定を受けると、次のような措置があります。
- 防災・減災設備への特別償却16%(中小企業防災・減災投資促進税制)
- 日本政策金融公庫の低利融資など、金融支援
- ものづくり補助金など、各種補助金での加点
- 認定ロゴマークの使用(広報・営業活動に利用可)
ただし、ここでも注意が必要です。認定を取ること自体が目的になってしまえば、また「備えたつもり」に戻ります。
国もそこは見ています。2022年から、2回目以降の申請には実施報告書の添付が必要になりました。訓練や見直しを実際に行ったかを問う仕組みです。また中小企業庁は、認定後の実効性向上を支援する事業も設けています。制度そのものが「作って終わりにするな」と言っている、と読むべきでしょう。
災害だけが、リスクではありません
BCPというと自然災害を想像しますが、中小企業にとって発生確率がより高いのは、むしろ次のような事態です。
- 社長が突然入院する——決裁も、銀行との関係も、取引先の事情も、社長の頭の中にある
- 主要取引先が倒産する——売上の3割を占める1社が消えたら、何か月もつか
- 基幹システムが止まる/サイバー攻撃を受ける——受注データも図面も出せなくなる
- 熟練者が急に辞める——その工程を回せる人が、他にいない
いずれも「事業が継続できなくなる」という点では地震と変わりません。そして、こちらのほうが実際に起きています。BCPを検討する過程は、自社の弱点を洗い出す作業でもあります。その副産物のほうが、平時の経営にはよほど効くかもしれません。
守りであり、同時に信用でもある
もうひとつ、見落とされがちな側面があります。
発注する側は、供給が止まらない取引先を選びます。私自身、発注側で協力会社を評価する立場にいましたが、災害時に真っ先に状況を連絡してきた会社については、信頼感が上がります。BCPは、コストではなく、選ばれる理由になり得ます。認定ロゴマークを名刺やウェブサイトに載せられるのも、その延長線上の話です。
開いた回数が、実効性を決める
防災リュックの話に戻ります。
あのリュックを本当に役立つものにするのは、買った日ではありません。年に一度開けて、電池を確認し、消費期限を確認し、家族と置き場所を共有する。そのひと手間こそが、備えの本体です。
会社のBCPも同じでしょう。書類の厚さでも、体裁でも、認定の有無でもない。何回開いたか。それが、実効性という言葉の中身だと思います。
幸い、開くきっかけは毎年めぐってきます。9月1日、防災の日。年に一度、1時間だけ。それくらいなら、目の前の仕事に忙殺されていても、なんとかなるのではないでしょうか。
参考
- 帝国データバンク「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2026年)」(2026年6月)
- 中小企業庁「事業継続力強化計画」

